「FUK-CHIK BRUT」の展評を九州芸文館学芸員、羽鳥悠樹さんに寄せていただきました。
展覧会のお知らせ
FUK-CHIK BRUT
2020年11月20日(金)~12月20日(日) 11:00~18:00
金土日開場 月~木は電話またはemailによる要予約
(Tel: 090-7384-8169 e-mail: info@operation-table.com)
出品作家:岡山直之、山中理恵、社会福祉法人 あかね園と福岡市手をつなぐ育成会ひまわりパーク六本松利用者のみなさん
会期中イベント
12月5日(土) 14:00〜
「あかね園とひまわりパークに捧げる音楽会」歌と朗読:山福朱実 ギター演奏:末森樹
15:00 〜出品作家たちによるサプライズ・イベント
参加費:1,000円
COVID-19対策として入場者を15名に限定、予約のみ参加、といたしました。どうかご了承ください。
岡山直之は「レインボー岡山」の名でインスタレーションやパフォーマンスを手がけるアーティスト、福岡県飯塚市にある障がい者支援施設、あかね園で利用者たちの絵画指導も務めています。山中理恵は1980年代後半に福岡市でアーティスト活動を行っていましたが、現在は自らの制作発表を控え、ひまわりパーク六本松で利用者に絵画制作指導や発表の場を企画する仕事に専念しています。障がい者の芸術活動支援に従事する2名のアーティストと施設内で美術活動を行っている利用者さんたちの作品をひとつの場に集めた展覧会です。といっても岡山、山中、2名の作品や利用者個人の作品を一同に並べるのではなく、全員のコラボレーションによるインスタレーションがOperation Tableのギャラリーを埋めつくすような展示となります。
ひまわりパークでは毎年、童話やものがたりをテーマにしたカレンダーを作っています。2021年は「親指姫」がテーマになりました。それで今回の展示では、ひまわりパークの皆さんによる合作で親指姫が空間構成のメインテーマとなりました。Operation Tableのギャラリー全体には、舞台装置のように遊園地のように、親指姫のお話の登場動物や光景が拡がっています。それだけではない、あかね園のみなさんが、すでに仕上がっていたひまわりパークの「親指姫」カレンダーの絵をもとに、その絵を引用した小さなオブジェで壁や手術台を飾り、天井には会場内を飛びかうつばめの紙細工をぶら下げました。いわばアプロプリエーションによる合作参加となっています。こんな愉しい会場を訪れて、忘れかけていた親指姫のものがたりにひたってみませんか?
会場写真
FUK-CHIK BRUT
幾重にも重なり成立した多層コラボレーション
羽鳥悠樹
入り口の扉を、少し力を込めて横にズッと引くと、壁を彩る大きな花や葉っぱのオブジェが目に迫ってくる。そのインパクトに虚をつかれながらも、その中心に額装された絵を見つけ、自分が『親指姫』の世界にやってきたことを、自覚する。
Operation Tableでは2回目となる、アール・ブリュットの展覧会。今回は、レインボー岡山こと岡山直之と山中理恵の2人の現代美術家、そして2人が絵画指導を行っている障がい者支援施設あかね園とひまわりパークのみなさんのコラボレーションによって生まれた一つの作品が、本展覧会を一手に構成している。
本作品は、その制作過程から非常に興味深い手法を採っている。まず、作品全体の基礎として、ひまわりパークのみなさんが毎年制作しているカレンダーがある。例年、そのカレンダーは、一つの既存の物語の各場面をそれぞれの作家が描いている。今年のテーマは親指姫となり、各作家が水彩や色鉛筆で、物語の印象的な場面を描き出した。次に、そのひまわりパークのみなさんが描いた作品を、あかね園のみなさんが見て、その場面を立体的な作品として再構成する。展示室全体を装飾する葉っぱや花、鳥たちから、元の絵にあった場面それ自体まで、平面の世界を現実の空間に飛び出させた。そして最後に、岡山と山中がそれらを用いて展示空間を作り上げた。親指姫の原作からOperation Tableの展示空間に至るまで、アプロプリエーションやサンプリングといった手法が幾重にも重なり成立した、多層コラボレーションとなっているのである。
まず会場入り口には、大きな花や葉っぱのオブジェと一緒に、本作の基礎を成すカレンダーの原画が配置され、来場者を親指姫の世界に誘う。展示室に向かう途中には、親指姫が野ねずみのおばさんの家で、もぐらに求婚される場面のインスタレーションが展示されている。家の内部は黄土色の蜜蝋で構成されているのだが、実はこの蜜蝋は、以前Operation Tableで展覧会を行った草野貴世の作品の一部である。これに関しては全く偶然のコラボレーションとなったわけだが、それにしては「切り株の下の、小さな穴ぐら」の雰囲気が非常に良く表されている。
いよいよメインの展示室に入ると、壁一面に葉っぱや花の装飾、頭上には鳥のオブジェがいくつも吊るされ、展示室全体はとても賑々しい。3つの手術台の上には、親指姫が葉っぱの船で流されていく場面、その船を蝶々に引っ張ってもらう場面、そして王子様に出会う場面がジオラマ的に配置されている。展示室最奥部には、親指姫がついに王子様と結ばれる場面が飾り立てられ、物語も展覧会もハッピーエンドを迎える。
全員で一緒に一つの作品を目指して作るのではなく、各段階に分かれてそれぞれが自身の役割を担ったこの共同制作には、作家それぞれの様式が随所に見られる点がとても興味深い。鳥の羽の温かな丸みを、小さな丸いシールを並べて表現する者。その丸を、人の顔の連続として描き出していく者。葉っぱの色の塗り方一つにも、直線で塗りつぶす者、曲線を使い余白を残す者などの違いが見られる。どれとどれが同じ人によって制作されたものなのかが自然と感じ取られ、作品全体の中で、それぞれの作家と向き合うことができる。また、今回展示室の装飾に用いられた、壁に紙を貼り付けるインスタレーションは、1980年代福岡のアートシーンで活躍した山中の手法が垣間見え、天井からものを吊るすという方法は、現在でも岡山がよく用いるものであり、本作はゆるやかに福岡の現代美術シーンの空気をも漂わせる。
90年代以降の美術は、作家や作品が公衆との繋がりを志向するものが増え始め、それは「コンテクスト・アート」(Peter Weibel、1994年)、「結合性の美学」(Suzi Gablik、1995年)、「関係性の美学」(Nicolas Bourriaud、1998年)、「社会的美学」(Lars Bang Larsen、2000年)、「参加型アート」(Claire Bishop、2012年)などと呼ばれ注目を集めた。福岡でも、1999年に開催された第1回福岡トリエンナーレが、「コミュニケーション〜希望への回路」をテーマとし、当時のアジアのアーティストたちの活動に、コミュニティ、コラボレーション、コミュニケーションという3つの概念が通奏低音として鳴り響いていることを強調した。突出した一つの個が生み出す傑作をありがたく鑑賞するという時代が過去のものとなり、その個が失った社会との接続を回復していく時代であったと言えよう。
それから20年近くが経ち、アーティストの特権性はさらに弱まり、また、作り手と鑑賞者のみではなく、作り手同士も集団を形成するような動きが活発になった。そこでは、1人のアーティストがイニシアティブを握るのではなく、それぞれの持つ技術や知識を共有し、その輪が広がっていく。長らく自身の作品制作、発表から遠ざかっていた山中は、本展をきっかけに、もう一度自身の作品制作に向き合う気持ちになったという。本展でのコラボレーションが、絵画指導という一方向的な関係性を、上下関係のない双方向的なものに生まれ変わらせたのだ。このような、社会における芸術というあり方の上に、本展は立っている。
福岡県文化振興課学芸員