草野貴世 裏返り続ける・・・
2018.6.24 Sun.-9.2 Sun.
11:00-18:00 土日のみオープン
平日は予約制 090-7384-8169
蜜蝋・ヴェルヴェット・鉛の箔・鏡・水・・・しとやかな表皮に包まれた草野貴世の作品宇宙は、裏返りを続ける。覆うものと覆われるもの、見るものと見られるもの、器の形をしたオブジェの内と外、そのはざまにある薄い膜は、果てしなく裏返りを続ける。
案内状に掲げた単語の列は、OUROBOROS展(三菱地所アルティアム/福岡/1992)のカタログから引用したもの、また今回の展覧会名「裏返り続ける」はその語列の真ん中にあった言葉からいただいた。もとは和英が左右2列に並んでいて、左列、日本語の単語は草野の言葉、右列の英訳は、旧玉乃井旅館「玉乃井」館主、安部文範によるものである。両語列はしりとり言葉として、和英それぞれが韻を踏んでいる。半ば言葉遊びのように連ねられていても、これらの語群は、なによりも草野の世界観を映しだすものである。
記憶 繰り返される行為 痛み 耳でその音を聴く クラインの壺 防衛のメカニズム 無秩序という秩序 抑圧 土の下 対立の無効 裏返り続けること 閉じた回路 路上の静けさ 再生 イカロスの墜落 暗闇のための装置 治療 海のある墳墓 忘却倉庫 壊れた本能 生まれた家 永劫回帰 | Ever-RemembeR Repeated actS SorE Ear listening to the sounD Der Klein’s bottlE Every defensive mechanisM Method as unmethodical methoD Deep oppressioN ‘neath the dusT The nullification of confrontatioN Never-ending reversE Entirely closed circuiT The silence on the roaD Dead and reincarnateD Deadly descent of IcaruS Some device of darknesS Sure treatmenT Tomb with seA An oblivion warehousE Each broken instincT That birth-house of minE Eternal recurrencE |
Operation Tableの空間は、いたるところ蜜蝋や鉛泊、水、鏡でおおわれ、箱の中をさらに包みこむ入子のようなうつわに変貌しています。中でももと薬局だった小室には床から天井まで蜜蝋が貼り巡らされていて、訪れた人は靴を脱いでその小室に佇むことになリます。蜜の匂いと温かな採光に満ちた小室にて視線と嗅覚と足裏の感触がひとつになる体験は得がたいものに違いないでしょう。
オープニング・イベント
2018.6.24 Sun.
14:00 トーク 草野貴世+川浪千鶴
16:00 舞踏 松岡涼子[薄い膜のアリア]
17:00 レセプション
参加費 1,500円(トーク、舞踏のみは1,000円)
今回トークのお相手、川浪千鶴さんは、福岡県立美術館学芸員、高知県立美術館学芸課長を歴任の後、この4月に福岡に戻って来られたところです。1994年には福岡県立美術館で、草野も参加した「現代美術の展望’94 FUKUOKA」を企画しています。舞踏の松岡涼子さんは、2015年にOperation Tableで開催された「漂着」展に出品、その機会に舞踏と音楽による「ダンスとギターの波打際」を上演していただきました。3年前、薄い膜の向う側から始まった影の舞踏、そして薄い膜を纏った此岸での舞踏が、3年後同じ場所だけれど変貌した空間で、どのように展開されるのか楽しみです。
松岡涼子「ダンスとギターの波打際」はこちら
草野貴世
1965 福岡県生まれ
1988 多摩美術大学卒業
1990 ロンドン大学スレード校
〈主な展覧会〉
1989 Slade Sculpture Show (London, 1990 Slade P.G.Degree Show )
1991 個展 (天画廊/福岡)
1991 91おおいた現代彫刻展 (別府公園/大分)
1992 個展 OUROBOROS (三菱地所アルティアム/福岡)
1992 シンガポール芸術祭「THE SPACE」(Hong Bee Warehouse/Singapore)
1992 第6回釜山青年ビエンナーレ(釜山文化会館/Busan)
1993 INSIDE EYE the 3rd 1933 Sculptor by Sculptor(ギャラリー日鉱/東京 他)
1994 現代美術の展望’94 FUKUOKA 「七つの対話」(福岡県立美術館/福岡)
1995 草野貴世・坂崎隆一展 「10 MAR.1945 B29s OVER TOKYO」(佐賀町エキジビットスペース/東京)
1995 個展 Some Device of Darkness (ギャラリーQ/東京)
1996 美術の内がわ・外がわ (板橋区立美術館/東京)
1997 VOCA’97 (上野の森美術館/東京)
1997 DREAM OF EXISTENCE (Kiscell Museum/Budapest)
1999 個展 breathing (モダンアートバンク・ヴァルト/福岡、2002 個展 ground)
2003 福・北美術往来 (福岡市美術館、北九州市立美術館/福岡)
2004 レリーフ・コンストラクション展 (ギャラリー・アートリエ/福岡)
2010 草野貴世展 千草ホテル・中庭プロジェクト アート・ホスピタリティ vol.5 (千草ホテル/福岡)
2013 福岡現代美術クロニクル(福岡県立美術館、福岡市美術館/福岡)
2016 個展「水の間」(何有荘アートギャラリー/福岡)
2017 津屋崎現代美術展(玉乃井/福岡)
2017 The Paces from the Space, 1992 to 2017 (アートスペーステトラ/福岡)
〈コレクション〉
北九州市立美術館
西日本鉄道株式会社
千草ホテル
北九州市立美術館で開催中の常設展「コレクション展Ⅰ 特集 色と形にみる音のはじまり」に草野貴世作品が展示されています。
2018年4月14日(土)~7月29日(日)
北九州市立美術館
美術史を重ね観る
藤川哲(山口大学教授・美術史)
初日の6月24日は、梅雨明け前にも関わらず晴天で、近くにあるスピナソラリエの駐車場からOperation Tableまで歩くと、初夏の日差しに照りつけられて軽く汗ばむほどだった。
午前中に北九州市立美術館の森山安英展を見て、午後は14時開始の草野貴世さんと川浪千鶴さんのトークを聞くことを目的として、鈴木啓二朗さんの車で9時半に山口市を出発し、11時頃、美術館に着いた。森秀信さんと合流して森山展を鑑賞し、Operation Tableへ移動してトークイベントを聞いた後は、再び市美に戻って草野さんの作品が展示されている常設展示を見て、さらに分館のブルーノ・ムナーリ展まで足を伸ばした。
トークイベントでは、前半、前日から風邪を引いてしまったという川浪さんが、いい意味で熱っぽく、そして明晰に、鉛や蜜蝋など草野作品に特徴的な素材との出会いについて本人から聞き出し、制作動機となっている体の内側と外側という意識が入れ替わり続ける感覚、器の形と手の形、両者を結ぶ身体性といった問題に触れ、川浪さん自身が企画した「七つの対話」展(福岡県美、1994年)が実現するまでの逸話などを作品画像を交えて振り返った。後半は草野さんによる自作解説で、パワーポイント世代には馴染みがなくなった35mmスライド映写器を用いて、聴衆の1人に1枚、1枚スライドを差し替えてもらいながら、カタログ掲載には採用しないような、ちょっと変わったアングルで撮影された作品写真を披露しつつ、それぞれの作品に対する思いを語った。
当日は16時から松岡涼子さんの舞踏も予定されており、会場は聴衆が場所を融通し合ってどうにか全員が入れるほどの盛況ぶりだった。反面、トークが終わって多くの人が挨拶を交わし、出入りする展示室で、個々の作品、あるいは展示空間全体をしっかり鑑賞することは私には難しく、残りの予定もあったので早々に市美へと踵を返した。それでも、トークの途中で振り返って背中側にあった窓に貼り付けられた蜜蝋をしみ込ませた布越しに見た陽光の美しさ、トーク終了後に誰も立ち入っていない状態で見ることができた、かつて病院の「受付」であったろう小部屋のインスタレーションの丹精な感じには、見に行った甲斐があったと感じた。このインスタレーションは、すべての壁面や棚類が蜜蝋をしみ込ませた布で覆われ、人が3人も入ればいっぱいになるような細長く狭い空間の奥の足元に、円錐を逆さまにした形の茶色い器が1つだけ置かれている、というものだ。靴を脱いで自分の足で蜜蝋の布で覆われた床の感触を体感するよう促されたが、丹精なインスタレーションを絵画を眺めるように見て、ヴィジュアル・メモとしてデジカメで撮影すると十分満足してしまった。
Operation Tableのメインの展示室に特徴的な手術台は、その形と大きさをなぞるように鉛でこしらえられ、目止めも兼ねて蜜蝋で内側のほぼ全面を覆った高さ5cmほどの長方形の「水を張ったプール」が据え付けられており、さらにその上部にはビニールシートに水を貯めた作品も展示されていて、手術台の上の「凪いだ海や湖面のように見える水」と、中空でビニールシートをたわませ、重力と張力とを意識させる「漲る水」(大きな水滴)とが好対照を成していただろうと想像する(トークの間は、この手術台のすぐ横にスライド映写器を乗せた箱や本が積まれていた)。トークの中で、川浪さんは今回の展示を「うつろいゆく光と空気と時間を素直に表現している」と評していたが、多人数ではなく、1人か2人くらいで、ゆっくりと変化する作品の表情を飽かず眺めつづけるような作品との向き合い方が最善であるに違いない。そうした感触を得て、市美の常設展示で草野さんの作品と静かに向き合って、この不足を補おうと気持ちが急いた(常設展示「コレクション展Ⅰ 特集 色と形にみる音のはじまり」は7月29日で終了)。
北九州市美のコレクションとなっている《無題》(1991年)は、14枚の鉛の板を全体で菱形になるように壁面から突き出させ、それぞれの上に蜜蝋でコーティングされた円錐形や器形のオブジェを乗せた作品だった。凛とした雰囲気を持つが、実は作品としては「弱く」見えた。今回、この文章を書くにあたって真武真喜子さんから送って頂いたこれまでの展評などを読むと、草野さんは「空間構成の巧みさ」に定評がある(例えば、黒田雷児「素材と形態の聖なる遊戯 草野貴世」ECONOS GALLERYなど)。そうした資料を読み込んだ上で、市美での体験を反芻すると、この作品が発表された天画廊(1991年)や三菱地所アルティアム(1992年)の空間では、きっともっと生動感があったろうと想像が膨らむ。美術館の展示室の高めの天井や、絵画主体のコレクション紹介で横へと並列させていく全体の配置が、この《無題》の菱形の配列が持つ凝集力を減じてしまっていたのだと推理できる。美術館のコレクション展示を前にして、鑑賞者側は時代の息吹が感じ取れるように、足し算引き算のできる知識と見方を身につけなければならない。
今回、草野さんと川浪さんのトークで映写される作品写真を見ながら、あるいは話を聞きながら、そして市美で《無題》の前でしばし佇んで、私は蜜蝋(または蝋)を使った作品の系譜、そして個人神話やニュースカルプチャーといったキーワードを頭の中に行き来させていた。蜜蝋の淡い黄色に触発されて、最初に思い出したのは、メダルド・ロッソによる子どもの頭部の彫刻であり、続いては自宅の棚に並んでいる雑誌『版画芸術』のヨーゼフ・ボイスのマルチプル特集号(1994年)だった(ボイスはフェルトの使用よりも早く1950年代から蜜蝋を素材としたオブジェを制作している)。そして『現代芸術事典』(美術出版社、1993年)に掲載されていたトニー・クラッグの電話を掛ける男性をかたどった作品のカラー図版も記憶に蘇った(《東京―ウッパタール》1982年:壁面を支持体とする彫刻の清新で絵画的な表現)。また並行して、ハラルド・ゼーマンがかつてボイスなどに着目して個人神話(personal mythology)というキーワードを案出したことを基点に、現代作家と特定の素材との組み合わせが、いったい幾通りあるだろうと記憶をまさぐっていた(ヴォルフガング・ライプと花粉、アニッシュ・カプーアとピグメント、ジャン=ミシェル・オトニエルと硫黄、アンゼルム・キーファーと鉛……)。モダニズムの美術批評家クレメント・グリーンバーグは、「高尚芸術はそれに先行するあらゆる作品を要約している」(The Necessity of the Old Masters, 1948)と、ハイ・アートの要件を述べたが、ハイ・アートに限らず、私たちは1つの美術作品に対峙する際、光学的な色と形の情報を受け取るだけでなく、脳内イメージとしては、過去と未来の美術史を、より正確には自らの作品体験の歴史とそこから導き出される新たな表現の予感とを重ね合わせた観念連合として認識している。トークを通して明らかになった草野さんの作家活動、特に蜜蝋を主たる素材として90年代から2010年代にかけて展開してきた日本の現代アーティストとしての表現の歩みは、さまざまなレヴェルで、私自身も経験し学習してきた美術の流れと広がりとを二重映しに観想させるものだった。
🔶ワークショップのご案内
草野貴世 ワークショップ「蜜蝋と水、記憶する表面」
日時 2018年8月18日(土) 14:00-16:00
会場 Operation Table 「草野貴世 裏返り続ける…」
参加料 1,000円
「草野貴世 裏返り続ける…」会場にて、展示されている草野さんの作品の中にある蜜蝋のかたち、水のかたちを目で追いかけ、手で触れながら、作品についての話をうかがいます。それから実際に蜜蝋や水、鉛をつかって、それぞれ自分のかたちを探してみる、というワークショップです。できあがった「自分のかたち」は連れて帰れます。 夏休みなのでお子様も一緒に親子での参加もOKです。
「草野貴世 裏返り続ける・・・」展が朝日新聞【2018.6.25(月)北九州版朝刊、奥村智司記者】、および毎日新聞【2018.7.1(日) 渡辺亮一記者】 に紹介されました。
⇒毎日新聞