Operation Table 企画展第3弾
とらんしっと:世界通り抜け
TRANSIT tunnel to the next world
2012年3月31日(土)ー6月10日(日)
土 sat, 日 sun, 祝 holiday,:11:00 - 18:00
週日 weekdayは予約制 by appointment:090-7384-8169
出品作家:
白川昌生、武内貴子、うきはの牛飼いアーティスト(まつのまさとも)、宮田君平、村田峰紀、
タチアナ・プロイス
コンセプト:
〈とらんしっと〉は劉寒吉、岩下俊作、火野葦平、星野順一らが昭和初期に北九州を拠点に作っていた
詩/美術の前衛集団。〈とらんしっと〉のメンバーは詩作発表を根幹に置きながら美術・演劇や芸能に
またがる活動を展開し草創期の北九州文化を攪乱していました。TRANSITのひらがな表記をその同人誌
名から拝借したこの展覧会では、〈とらんしっと〉の精神を継いで、北九州 を「通過 /乗継ぎ/
方向転換」の場所ととらえ、異文化が接触する空間を再創造しようというものです。
〈TRANSIT〉は乗り継ぎ空港の意味でよく使われますが、土地計測器の意味もあり、遠隔地点を結んで
関係づける方法にもつながります。また占星術では惑星が通過するときの表現に用いられ、未来の予測
が示されると言われています。今回は「手術台=Operation Table」が多種多様な関係や情報が交叉し
通り過ぎる場、そして次の行き先を探す処となります。
展評:「とらんしっとを通り抜ける」金井直(信州大学)
Events 各イベントの画像と動画はこちら
■オープニング・レセプション
4月1日(日)18:00〜 アーティスト・トークあり。
参加費:トークのみ 500円/レセプション 1,000円〜
■展覧会のためにOperation Tableでは、ただいま白川昌生、村田峰紀、タチアナ・プロイスが滞在制作中
です。終了しました
■武内貴子 アーティスト・トーク
2012年5月13日(日)午後3時から
参加費:500円(中国茶と天心つき)
オープニング時に中国広州「53美術館」のアーティスト・イン・レジデンスに行っていた武内貴子。帰国後に広州で滞在制作したものの関連作品"Sonne"をタチアナ・プロイスの「ミセモノ屋台」内に設置した。さらに会場内ふたつの部屋の通路に「幕」を張った。トークでは広州でのレジデンス報告やこれまでの制作・発表の話、タチアナ・プロイスとの出会いについて語った。
トークのあいだ、参加者には中国茶と中国の饅頭が饗された。中国茶は武内が広州の美術館員からいただいた土産物、また饅頭(中華まん)はまたけ友人のM.N.夫人謹製スペシャルである。
■クロージング・イベント
《八万湯プロジェクト企画》村田峰紀パフォーマンス@八万湯
日時:2012年6月7日(木)16:00〜
場所:北九州市八幡東区祇園1-12-14 八万湯
http://hachimanyu.web.fc2.com/
※近隣に駐車場がないのでご注意ください。
入場料:500円(ドリンク付は1,000円)
もと銭湯「八万湯」はアーティストとキュレーター、アート・マネージメントにかかわるもの計9名で運営するアート・スペース&プロジェクト名。1961年に設立された建物は八幡ゆかりの建築家・村野藤吾の事務所による設計と伝えられ、壁・床・風呂桶のタイル意匠が異彩を放つ空間である。その女湯空間が当日文字どおりほぼ女性ばかりの観客で満たされた。村田のパフォーマンス「背中で語る」はこれまでもっとも数多く演じられたものだが、場所の雰囲気や時間帯がもたらす光や空気の環境を無言のうちにとりこんで行われ、多様に変幻するものである。この日の「背中で語る・女湯篇」はいつになく脱衣場での更衣に始まり、手桶に汲んだ水を背中に浴びることで終了するという儀式的なもので、入浴・大衆浴場という日常が異質な時空間に変性する数十分の体験を観客もろともが共有した。
▽ダブル・パフォーマンスの夕べ
出演:村田峰紀、うきはの牛飼いアーティスト(まつのまさとも)
日時:2012年6月9日(土)18:00〜
場所:オペレ−ション・テーブル周辺空き地および隣接駐車場
(集合はオペレーション・テーブル)
入場料:500円(ドリンク付は1,000円)
うきはの牛飼いアーティスト「ミーツセンター 肉/乳」
隣接駐車場の一角にブルーシートが敷かれ、その上で牛乳を使った3つのパートによるパフォーマンスが行われた。
1. 牛乳を揺すってバターをつくる
2. 流動体のバターを冷水にとり拳で握りしめ掌の形をしたバター彫刻をつくる
3. 牛乳桶に残った牛乳を様々な大きさ・形態の容器に移し替え、また戻し、容器のあいだを縦横無尽に牛乳が注ぎ続けられる
駐車場の隣はもとミートセンターで古びたトタンの壁に「ミートセンター 肉」の文字がくっきりと見えている。パフォーマンスのタイトルはこの「肉=身体」と「乳=運動」の出会いをほのめかすものか。さらにパフォーマンスのあいだ「ミ」の文字の上に紙に描かれた「ア」が張られ、何気ない住宅街の一帯は突如アートの空間に変貌した。この一文字書替えの含蓄に富む提案は、以前に黒ダライ児さんによってなされたものである。同様に「肉」文字への驚くべき注目はO JUNさんの示唆による。
打って変わって村田峰紀による「とらんしっと」展開期中3度目の「背中で語る」は、なんとオペレーション・テーブルのある東鉄町の古びた静かな住宅街を歩きながら演じられた。「背中で語る−東京湾へ;東鉄町練り歩き」は東鉄町の周縁にあたる場所に1960年前後に在った料亭「東京湾」の跡地で半ば廃墟化した煉瓦塀の残る空き地が終着点であった。同一地点に立ったままの烈しい身体の動きは以前からの「背中で語る」にも見られたが、場所を移動しつつ行われるのは「とらんしっと」が最初のものであるという。50年の時間が浸透した路地の蛇行に連れパフォーマンスの動静も多岐にうつろうものであった。
▽アーティスト・トークとパフォーマンスの午後
トーク:タチアナ・プロイス、パフォーマンス:村田峰紀
日時:2012年6月10日(日)15:00〜
場所:オペレーション・テーブル
入場料:500円(ドリンク付は1,000円)
終了後、会場にてクロージング・パーティを行います。(参加費1,000円)
タチアナ・プロイスのトークはスライド・ショウとともに日・独語混合で行われた。通訳は好機にも、村田峰紀のパフォーマンスをめざして北九州を訪れていたアーティストの中谷ミチコさん。トークの内容は、まずこれまでのプロイスの活動、つまりドイツでの学生時代の制作活動、国際芸術センター青森のレジデンス・プログラムに参加したこと、その2年後にDAADと文科省の基金を得て東京藝術大学大学院美術研究科に入り3年間東京に滞在したこと、続いてミセモノ小屋を作品として考案するに至った経緯、ヨーロッパでの伝統「驚異の部屋」への関心と近代へつながる歴史背景、さらに日本の大衆文化との関係について語り、最後に「とらんしっと−世界通り抜け」に「ミセモノ屋台」を出品した意図と、プロジェクトとして展開していくという今後の計画を述べた。
なおタチアナはいったんドイツへ帰国したが、この「ミセモノ屋台」は久留米のアーティスト集合倉庫「千代福」へ運ばれしばらく展示・保管されることになった。この先、九州のいくつかのプロジェクトに参加したあと、日本各地を移動し2014年春までにドイツへもたらされプロジェクトが国際的にも続行されるという計画である。
村田峰紀パフォーマンス「本の手術」
「とらんしっと−世界通り抜け」に出品されていたもうひとつの「本の手術」は、展覧会に先だって観客のいない非公開パフォーマンスとして行われ、記録映像と解体された事典の本体、摘出された部分の標本という3部の構成要素がそれぞれ3機の手術台に載せられ展示されていた。この最終日のパフォーマンスでは、「辞書のドローイング」と称されることもあったこのパフォーマンスの総体が公開で行われた。空けられた手術台に置かれた辞書の真新しい頁にペンによる執刀が静かに始まるやいなや頁を繰るというより烈しい力の掛かったドローイングそのものによって頁が引き裂かれていく。千切れた頁の断片は手術台の脚もと、床上に飛散する。村田の行為はしだいにトランス状態に移行していくように見られた。まさにtrans-it 約30分間の手術執行をすべての観客は息を呑みながら見守った。
なおクロージングに向けて6月3日(日)から村田峰紀、タチアナ・プロイスがQMAC に滞在します。
この週は週末のみでなく週日もオープンしま す(6/7パフォーマンス@八万湯開演時間を除く)。終了しました
タチアナ・プロイス「ミセモノ屋台」
出品作家:
安食陽 You AJIKI、アンナゾフィー・レヴェレンズ Anna-Sophie LEWERENZ、ヤック・ピータース
Jak PETERS、アキレス・ハジス Aquiles HADJIS、シャーリー・チョー Shirley CHO、タチアナ・
プロイス Tatjana PREUSS、武内貴子 Takako TAKEUCHI
なおタチアナ・プロイスの「ミセモノ屋台」はいくつものぷちギャラリーを搭載しています。そのスペース
に展示する作品も公募中!
さらに「とらんしっと 世界通り抜け」展終了後、「ミセモノ屋台」の巡業先も募集中です。まずは九州一
周から!!
photo:ミセモノ屋台(東京藝術大学修了展会場)
宮田君平 "Silent Trip"がCDになります。近日Operation Tableにて1,500円で発売いたします。
予約受付中。
photo: CD "Silent Trip" cover
白川昌生 Yoshio SHIRAKAWA
1948年北九州市生まれ 群馬県在住
http://tohru51.exblog.jp/12753380/
http://vimeo.com/17468037
北九州戸畑区出身の白川昌生は、2週間の滞在制作によって、生家のあった付近や、洞海湾をまたぎ戸畑と
若松をつなぐ若戸大橋付近の工場地帯を現地調査し、個人的な記憶を北九州市の産業や貿易の歴史、戦争
の痕跡と交叉させていました。
ヨーロッパ留学が長い白川がデュッセルドルフ・アカデミーでヨゼフ・ボイスに就いてたのは30年前のこ
とです。帰国以来ずっと群馬に在住し、「場所・群馬」など自身の立脚点から世界を見据える活動を続け
ています。今回はふたつの古い医療器具ケースと薬室の三カ所で、時・場所・出来事のTRANSITをテーマ
に、北九州に生まれ住んだ事実を検証しています。
Photo; 左列上から〈時のとらんしーと Transit of Time〉〈出来事のとらんしーと Transit of Event〉〈場のとらんしーと Transit of Place〉
右列上から〈時のとらんしーと(上)Transit of Time 'top'〉〈時のとらんしーと(中) Transit of Time 'mid.'〉〈時のとらんしーと(下)Transit of Time 'bottom'〉
〈作家コメント〉
私の生まれた北九州の町、出来事、場所などの記憶を作品にすることをしたかった。時間、場所をモザ
イク的につなぎ合わせてみえなかった記憶に形をあたえる。時間、場所のコラージュの中をとらんしーと
する。そうすると自分なりの記憶が生まれる。
武内貴子 Takako Takeuchi
http://www.takako-takeuchi.com/
武内貴子は蝋引きした布を細い紐に裁断しそれをつなぎ結んだ編み目状の幕を張り巡らし空間を構築する
アーティストです。これまで町家や神社の能楽殿、旧銀行など近代の建物のほか美術館やギャラリーとい
った様々な空間でその場の特質を汲みいれたインスタレーションを行ってきました。この3月から4月に
かけ中国広州の「53美術館」でのアーティスト・イン・レジデンスに参加し「中日現代美術展」で滞在
制作を発表してきたところです。
http://ohazkikaku.blogspot.jp/2012/03/331-430.html
展覧会のオープンが重なっていたためこの「とらんしっと・・・」には帰国後に参入。広州での滞在制作の関連作品をタチアナ・プロイスの「ミセモノ屋台」に展示したほかオペ
レーションテーブルのふたつの部屋の通路にトンネルのような幕を張りました。プロイスとは国際芸術
センター青森で2006年秋のアーティスト・インレジデンス・プログラムで出会い、隣り合った空間に
インスタレーションを組みました。今回はそれ以来の共演です。
Photo:〈タチアナ・プロイス「ミセモノ屋台」の穴から覗くとタケウチ作品"Sonne"あり。〉
〈国際芸術センター青森2006年秋のアーティスト・イン・レジデンスで。手前がプロイス、奥にタケウチのインスタレーション〉
〈作家コメント〉
小学生の時だったか夢をみた。いくつもあるドアの中からひとつ開けてみたら平安時代だった。急いで私
は出口を探した。外に張られた幕をみつけた。その幕を通り抜けたらイタリアのプールの飛び込み台の上
に私は立っていたーー。
通り抜けたらいつだって違った世界がそこにはある。知らぬうちに幕開けシーンは私たちの目の前に密やかに。
うきはの牛飼い Cowboy Artist from Ukiha
http://twitpic.com/5zyw5b
うきはの牛飼いアーティストとは松野真知(まさとも)の今回付けられたアーティストネーム。牧場の仕事を職業としながらアーティスト活動を行っています。牛飼いからアーティストに移行する時間をTRANSITのテーマにしています。写真作品は山に登りキャンバスを身体にまとってその移行を確認しているパフォーマンスを自身で記録したものです。山は牛の飼料となる草を刈りにしばしば登っていた場所です。牛飼いの仕事の合間に制作し、またアートのイベントに参加する。牧場のあるうきはからアートの世界に移入するため福岡や北九州に通う往復4-5時間の道程はうきはの牛飼いにとってアートの核となる時間です。棚に並べたものは上段の牛の飼料、中段の農作物は下段に置かれた壜の中の堆肥によって作られたもの、また搾乳の道具もあります。ここには牛の身体におけるTRANSITの時間があるのです。
Photo:〈牡牛座の石 The Stone of Taurus (部分 part)〉
〈作家コメント〉
私は境界で日射しを浴びる
宮田君平 Kumpei MIYATA
http://faprofile.exblog.jp/13506948/
宮田君平は福岡を拠点としながら、日本各地や海外でアーティスト・イン・レジデンスに参加したり他のアーティストの活動に賛助したりと移動を続け、その過程での行為や成果を作品に反映させています。2年前のスェーデン、ルレアでのアーティスト・イン・レジデンス"REFUGEES"に招かれた際には、他のメンバーより遅れて現地に到着し、ユーラシア大陸を陸路で横断する旅の過程での通信記録を作品"I am sorry for late"として発表しました。今回の出品作"Silent Trip"はその同じ旅の途上で集めた音が主要なものとなっており、当時作品としては発表されなかったものです。窓際の台上にいくつもの国境を越えたTRANSITの証拠紙片や地図が手当たり次第におかれており、その真ん中にあるiPhoneで集められた音を聴くことができます。
〈作家コメント〉
福岡からスウェーデンまで陸路で移動する間、持っていたiPhoneで様々な音を録音していた。美術の展覧会をするためだけの大げさな単独陸路移動だったが、その間、現代美術とは全く無縁の人々と接するのがほとんどで、自分がなぜ旅をしているのか説明するのに苦労した。
録音した音は、特にそれをどうするつもりも無かったが、旅の最北端、雪に閉ざされたフィンランドのトルニオに友人を訪ねて行った時に、友人宅にあったピアノで僕は即興の曲を一度だけ弾いて、それを最後の録音にした。
日本に帰って来てから、それらの音を聞いてみると、自然とそれは一つの曲になった。そして、旅路の道端で行われていた世界中の日常が、静かな追憶となって僕の脳裏に流れた。
私達の生活は、意識しなければ毎日が同じ事の繰り返しのようにも感じる。
しかし、地球上で暮らす70億の人々には、一人として同じ人間はおらず、また一日として同じ日はない。日々の一瞬一瞬はドラマに満ちていて、苦しく、頼りなく、常に変化し続ける、旅のようなものである。
それは静かで、とても豊かな旅だ。
村田峰紀 Mineki MURATA
http://mineki-murata.com/
村田峰紀は自身の身体と強烈に関わるパフォーマンスを主要な表現手段とするアーティストです。滞在制作中に北九州という都市の成り立ちと切り離すことのできない炭鉱の跡地筑豊を調査、筑豊の事典を入手し、手術台の上で本の手術を行いました。その映像と手術された本の本体、摘出された部分はボタ山の形に積まれています。本を切り刻んだり辞書にドローイングし活字を掻き消していくパフォーマンスをこれまでも行ってきましたが、言葉に表現できない無形の思考を身体表現で示すことが村田の芸術行為の特質でした。 4月1日には八幡東区さくら通りの花見の場所で、これまで200回あまりも続けてきた背中に絵を描くパフォーマンスを実施、その写真と行為の痕跡を示すシャツも展示しています。
Photo; 上 Operation of the Book 中 パフォーマンス「背中で語る」Performance "The Back Talks" /八幡東区祇園町さくらまつり 2012.4.1 Cherry Blossom Festival at Gionmachi, Yahatahigashiku, 下 さくらまつりのパフォーマンスは八万湯プロジェクト Blue Sheet Stationの企画として行われた。Performance atCherry Blossom Festival was organized by Hachimanyu Project BSS.
http://hachimanyu.web.fc2.com/
背中で語る - シャツ "The back Talks - Shirts"」
〈作家コメント〉
パフォーマンスとは、ぼくがそこにいる理由を周りの環境や歴史、状況、目の前に広がる風景などから導くものだと思っている。
タチアナ・プロイス Tatjana PREUSS
http://www.plosion.org/
タチアナ・ブロイスは3月まで東京藝術大学に留学していたドイツのアーティスト。藝大大学院美術研究科の修了制作で発表した「ミセモノ屋台」を各地で展開するプロジェクトの第1弾としてこの展覧会に参加しました。屋台自体もプロイスの作品ですが、内部は自身の作品ほか他のアーティストが作品を展示できるミニ移動ギャラリーになっています。のぞき穴の中はホワイト・キューブのギャラリー、ほかにガラス・ギャラリー、ボックス・ギャラリー、抽斗ギャラリーもあります。屋台のテーブルは資料コーナー、芳名帳もあります。出店作品募集中と同時に「とらんしっと」展終了後は別の場所に移動していきますがその行き先も募集しています。
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(左)ミセモノ屋台 Cabinet of Curiosities/(右上) ミセモノ屋台ガラスギャラリー/(右下)ミセモノ屋台 覗き穴と抽斗
とらんしっとを通り抜ける
金井直(信州大学)
Operation Tableのオープンを記念する北九州三部作のしめくくり、「とらんしっと 世界通り抜け」。「とらんしっと」とは1938年に小倉で出版された前衛的な詩誌のタイトルであり、近代の鉄の街に点された芸術運動のひとつとして知られる。火野葦平の小説が絡む第1回展「Homage高倉健−手術台の上の花とドラゴン」、北九州市内の地名を探る第2回展「見えない都市−地名の解剖学」につづき、今回もまた、土地との関係を起点に、参加アーティストの解釈、創造的翻訳を待つグループ展となっている。
トランシットとは一般には陸地測量の器械で、街なかでもよく見かけるものだ。一方、トランジットと読めば、空港での乗り継ぎの意で用いられることが多い。加えて、もともとのtransitには移行や通過、運送、あるいは子午線通過、さらには逝去まで(ヨーロッパ中世の墓彫刻にはトランジと呼ばれるものがある)、こちらからあちらまでの語義の幅があって、言葉のあり方自体がすぐれて移行可能transitableである。さらにそれをひらがなで記したとき、1930年代の人々がなにを意識したかは寡聞にして知らないが、ともあれ、昭和の短詩運動を連想させるモダンな響きもあり、そのうえ「しっとらんと」Don’t you know?と九州訛りでアナグラムを仕掛けたくなるような、要するに、複数の意味への誘いも加わっていて、小気味よい。
展示室は大きくふたつに分かれる。前室と主室の境には、扉に代って武内貴子の《幕》が据えられ、その柔らかな外観が、観る者を親しく内側へと招き入れる。くぐり抜けつつ感じるのは、しかし、意外にも硬質な素材感である。通り抜けて見返せば、先ほどとは打って変わって、作品は結界のごとく、われわれの立ち戻りを緩やかに阻む。武内の手技と構想の確かさ―柔らかな外観と硬質な素材感の均衡―が、観者の異界入り/とらんしっとを確約する瞬間だ。
一方、作者の旅/とらんしっとを作品化するのが、宮田君平の《Silent Trip》である。日本からスウェーデンのレジデンス先まで、ユーラシア大陸を30日間で移動した旅の流れが、さまざまな場で採られた音によって綴られるサウンド・コラージュだ。イメージを欠くからこそ、かすかな音の強弱や複数の音の重なりが、宮田の見た、そしてわれわれの見ない場の深度を喚起する。その微細な奥行きの向こうにこそスウェーデンがあり、こちら側に日本があるのだろう。Transitという語が含み持つ空間性は、本作において聴覚的なものに翻訳されていく。
タチアナ・プロイスもまた、ドイツから日本への留学生として―宮田とは逆方向に―とらんしっとを生きるわけであるが、今回の作品《ミセモノ屋台》は、より直接的な移動装置、作品をとらんしっとの相に置くための展示用屋台である(安食陽、アンナゾフィー・レヴェレンズ、ヤック・ピータース、アキレス・ハッジス、シャーリー・チョー、武内貴子、プロイス本人の作品を「収蔵・展示」する)。興味深いのは、大衆的な屋台をモチーフとしつつも、食や歓待といった近年のアート界おなじみの観点ではなく、たたむ、運ぶ、しまうを容易にするその合理的な形態と機動力に、プロイスの関心が集中しているところである。明るい材を用いたていねいな造作によって、小振りの山車のように仕上げられた本作は、軽やかな祝祭性を展示室内に招き入れている。
うきはの牛飼いアーティスト(まつのまさとも)は、牛をめぐる食物連鎖を、標本風の物の配置で提喩的に示す(《牡牛座の石》)。とらんしっとの射程自体を循環や消化の相へと拡張する試みといえるだろう。同作中の写真は、日々の牛飼いからアーティストへの変身をテーマにした一種のセルフポートレートを含むが、そこには否応なく演技とリアルの狭間の心身の揺らぎが垣間見える。アートがメディウムとしての「私」に憑依する、トランス状態の擬態として、その即興的で奇抜な印象以上の批評性をはらむ作品だ。
一方、憑依/とらんしっとを、制作行為として徹底してみせるのが、村田峰紀の《Operation of the Book》である。筑豊をめぐる事典を手術台operation tableにのせ、ボールペンで「執刀」。術後の残余でぼた山を築くという着想自体はきわめて観念的、地誌学的でさえあるが、ほとんどトランス状態といってもよい衝動、集中、反復によって作品が実現されるとき、そもそもの枠組みは破断され、後景化し、代って村田のからだそのものが、いわば祭壇上の供物になり代る。手術は供儀と化し、観察者側の地誌学は、主客転倒の人類学へと移行/とらんしっとするだろう。
同様に、白川昌生の〈とらんしーと〉連作も、ロゴスとトランスの閾をまたぐ作品である。2基のガラスケースと、受付のガラス越しにみえる陳列棚に、数多のオブジェ・トゥルベが並ぶ様は、一見、フィールドワークの成果展示のように饒舌である。北九州を故郷とする白川ならではの眼差しが、選び、分け、並べた表徴の数々が、都市の歴史を照射する。一方、意味を求めてガラスの奥を覗きみることを止め、むしろ眼差しを横滑りさせながら、オブジェの色・かたち・ならびを縦覧するならば、文脈抜きに流れ、つながり、分岐する、ちょうどシリトリや早口言葉のように、意味するところを解体し続ける別のルール、別様のオブジェの関係を発見するに違いない。このとき従前の歴史・地誌のロジックは砕け、歪み、軋む。しかし、そうした断絶と破調を厭わぬ跳躍/トランスのうちにこそ、むしろアレゴリカルに歴史は輝くのではないか。ガラスケース(これもオブジェ・トゥルベである)そのものの両義的な性格(護る/曝す、ひきつける/そらす、排置する/置換する)ともあいまって、われわれの想像力に大きな振幅をもたらす作品である。
「とらんしっと」展は6月10日まで。しかしOperation Table自体は今後もますますtransitの場として、つまり現代美術の測定点として、国内外の作家たちの通過点として、そして、何にも増してアートという憑依のトポスとして営まれるに相違ない。楽しみだ。